終了ではなく修了なのです
今日は、送迎の時に道端の花壇にクロッカスが咲いているのを見つけました。昨日は、プライベートで散歩をしていて、フクジュソウも咲いているのを見つけましたよ。まだ寒いなぁなんて思っていても春ですね。
さて、きらりでもお別れがやってきています。きらりは、卒業でもないですし、「終了」だとなんだか表現が寂しすぎますし、楽しみながらもお勉強をするところですから「修了」として証書をお渡しています。
改まった会にはしていませんので、ちょっと簡素な様子ではありますが、写真のように修了証書と記念品と午後きらりを利用していたお子さんは、個別支援で取り組んだ学習プリントをお渡ししています。
個別支援のプリントは、長いお子さんだと2年間分になるのでA4の厚紙のファイル(一般的なやつですよ)が二冊分になる子もいます。それだけお勉強してきたのだと、実際の重さとしても実感できるほどですよ。
いつも思うですが、過ぎた日を振り返るのは簡単なことですよね。それに、明日が保障されているわけではありません。今が全てなんですよね。だから、最終日も変わらず楽しく、変わらず学びのある時間にしたいのです。
私たちとの生活は、終わりになるので確かにさみしく感じます。でも、彼と彼女の人生は続きます。さみしがらずに前を向いて次の出会いを心待ちにしてほしいなぁと思います。
0コメント